生命力、潔さ、使命感、「花王、富貴草、牡丹」に感銘する!

IMG_0518IMG_0539IMG_0604IMG_0735IMG_0733IMG_0607IMG_0608IMG_0754IMG_0739IMG_0744今年も「こもれび お花畑」の牡丹の花が咲きました。現在31本の牡丹が植えられています。「花王」とも呼ばれている牡丹についてある本につぎのような説明がありました。「富貴草と別名のある牡丹は、文字どおり富貴の象徴として好まれたといいます。ですが、華やかで豪奢なイメージばかりが牡丹ではなく、花の盛りに静けさを思わせる独特の存在感を放ちます。桜のように花の散りぎわに世の盛衰を重ねるでもなく、ただ艶やかな花の姿そのものに、明暗、動静、生死といった物事の両面を併せ持つような、器の大きい花なのかもしれません。」この一節を目にしたとき、思わず頷き共感していました。その牡丹の1本が4月初旬の大風で茎が折れてしまいました。小さな蕾をを抱えたまま息をひきとりました。1週間ほどして折れた茎を処分しようと牡丹の所へ行くと、折れた牡丹が地面に倒れながらも一生懸命花を咲かせようとしていました。折れた茎がまだ少し繋がっていました。もう1週間が経ち折れた牡丹の所に行くと、花は満開でした。さらに1週間後に枯れていきました。「花王」は死んでいきました。この牡丹は使命を果たしました。壮絶な戦いぶりでした。この「花王」は私の記憶の中に潔さと生命力の強さを残して去っていきました。今私は、高齢者の方々にもこの牡丹のような生命力の強さを持ってもらおうと思っています。

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